つつのんの気まぐれ日記

アラカン女子の複雑怪奇な頭の中を書いていきます。

50代半ばの女がお年寄りにバスで席を譲ったらこうなった!

今日、昔の同僚Sさんと会うために都心(街中)まで出た。

私は、35年近く運転歴のあるベテランだが、未だ、車の多い道路は苦手だ。

 

ビュンビュン車が通る4車線道路は、車線変更の時、私は初心者のようにガチガチに固まってしまうんだよなアセアセ

よって、その日は車ではなくバスで行った。

我が家から、目的地までバスで一時間はかかる。

ウチ、市街地の外れなのよ・・・・・・

バスに乗り、私が座ったのは、進行方向右側の前から3番目の一人がけの椅子。もちろん優先席ではなく一般席。

私は、空いていても優先席には座らない。優先席なのだから、優先すべきお年寄りや体の弱い人がいなければ、当然座っていいはずなのだが、ここに座るぐらいなら、立っていた方がいい。

ここに座ると、ババアになった気分になるのだ。つまらないプライドだ。

時間とともに優先席も埋まり、立ち並ぶ人も増えて来た。

そこへ、70才前後のご婦人が大きい荷物を抱え乗車してきて、私の椅子に手をかけた。

ちょっと迷いながらも立ち上がり

「どうぞ」と席を譲ろうとしたら・・・・・・

「結構です!」とご婦人。何か冷たい表情だガーン

怒ってる?なんで?

足でも踏んだか?いや、踏んでない・・・・・・

せっかく立ち上がったのに、そのまま座る?

 

見渡すとすぐ近くに80歳ぐらいのおばあさんがいた。

 

このまま引き下がれない。皆が見ている前で断られたのだ、このままだと何かカッコ悪い・・・・

 

今度はきっとうまくいく!そんな期待を抱きながら・・・・・

 

だって、私の周りの数人が見てるんだもん、ビッシっと決めようじゃないかウシシ

 「良かったら座りませんか?」

「アタシャ、もうすぐ降りるけ、アータ○○まで行きなさっとじゃろ、遠いけ、座っときなはれ」とおばあさんが言った。

 

こっちが労わられたガーン

 

やめときゃよかった。えーん

別に親切の押し売りをしたいわけではないので、結局私は大人しく座った。

なぜ断られた?

 

80歳ぐらいのおばあさんは、次で降りるかと思ったら、4つ先のバス停で降りたえー?

一方、70歳ぐらいのご婦人が下りたのは、私と同じバス停だった。総じて、40分近くこのご婦人は立っていたことになる。料金を支払い、そのご婦人は階段を下りながら、後方で料金待ちをしている私をチラリと見て、去っていった。睨んだようにも見えたガーン

気のせいか?そうであってほしい・・・・初対面に嫌われる理由などないはずだ。

 

どうせ、2度と会わない。

半分はどうでもいいことだと思いながら、

 

それでも、私は久しぶりに会った友人にこのことを話したくなった。

 

しっかり気にしとるじゃないか!それでも腹は減る。

 

まずは腹ごしらえだウシシ

 

私とSさんは、予定していた定食屋さんに入った。ここはちょっと高いがお座敷がある。

 

時間が早いせいか、店内は比較的空いており、小さい小部屋に案内してくれた。

 

すぐに、熱いお茶が運ばれた。外が寒かっただけに、湯呑からから手に伝わるぬくもりに、ほっこりするほっこり

Sさんの仕事は、介護職である。

私はバスでの一連の出来事を一通り話し、「どう、思う?」と、問いかけた。

 

Sさんは、ストレートな答えではなかったものの、ある体験談を話してくれた。

彼女が担当する80ぐらいのおばあさんは、ある時風邪をひいて寝込んでたと言う。やっと一週間後に咳も落ち着き、少しずつ元気になりかけた時だった。

食欲もなくなったせいで、ずい分やつれたように見えたらしい。

で、

そのおばあさんが、着替えの時、ボタンを留めるのに手間取ってっていたので、彼女は手伝ってやろうと思い、ボタンに手をかけた。

その瞬間・・・・・・・

バシッ!

と、手を払いのけられたという。

おばあさんは、言った。

「自分でやるケー」

彼女は、一瞬びっくりしたものの手を貸そうとしたことを後悔したという。

別に、叩かれて意地悪な気持になったわけではない。

「お年寄りの中にはね、まだこんなこともできる、あんなこともできる、まだまだ若いもんの世話にならなくてもいい!それが目標になっている人もいるんだよ」

そうか・・・・・

そのおばあさんは、20年前にご主人を失くし、ずっと一人暮らしだそうだ。Sさんは週1回このおばあさん宅に行き、買い物や掃除、薬の受け取りなど、おばあさんが1人ではできないことをやるのだそうだ。Sさんは、何でもかんでもやってあげるのではなく、お年寄りの自立を支援するのが介護職だと力説する。

そして、こうも言った。

「最近は、できる限り、自分のことは自分でやりたいと考えるお年寄りが増えて来ているような気がする。子供は当てにならないし、と言うか、子供に負担をかけたくないと考えるお年寄りもいるしね。年金はどんどん削られていくし、そうならざるを得ないのかな。介護って、人に頼めば、お金かかるからね。」

 

世の中を見渡せば、一人暮らしのお年寄りは多い。

 

その一方で、見るに見かねて子供が親を引き取り、介護に疲れ果てているご家庭もある。

 

実はこのSさん、10年程前ご身体が不自由なご主人のお母さんを引き取り、5年ほど介護をした。そして、立派に最後を看取ったのだ。Sさんが、47歳から52歳までだ。彼女は現在、57歳?だと思う。最近自分の年も忘れるが、人の年はもっと忘れるぼけー

 

ご主人のお母さんは、意地悪な人ではなかったが・・・・身体が衰えていくのをただ待っている人だったと言う。

 

着替えも、食事も、トイレも「自分で、まだ、できるでしょ!」と思われることもやってもらいたがる人だったらしい。

 

老いを受け入れることは必要だけれど、身体の衰えにはできる限り抗うべきだ。

 

残った身体能力をもう、伸ばすことができないとしても維持する努力をすることは大事である。

 

Sさんの持論である。そして、彼女はこう言った。

 

「今日バスで会った人はさ、年取っていく自分に抵抗しているのかもね。私、そんな人達嫌いじゃないよ」

 

おおぉー、Sさんは達観している!

 

ふと、いいタイミングであることを思い出した。

 

もう10年以上前のことだ。


母がある時、バスで席を譲られたことに腹を立てていたことがあった。丁度、バスのあのご婦人と同じ70歳ぐらいの年の頃だったと思う。

理由を聞いてみると、

その席を譲った女性が、自分と年端があまり変わらなかったと言うことだった。
 

要するに、うちの母は年寄り扱いされたことに腹を立てていたようなのだ。

その時は、席を譲ってもらっておいて、性格ワルゥ~えー?

 

と思ったものだが・・・・・

 

さすがに同じトシぐらいの相手からは嫌だね・・・今なら分かる。

 

確かに、今の70代は若い。まだまだ、足腰丈夫で人生楽しんでいる人もたくさんいるはずだ。

私は問うた。

 

「私が席を譲ろうとしたご婦人は、年寄り扱いされたと思ったんかな?私みたいな、若くもない50歳半ばのババアになんかに言われたもんだから、腹が立ったとか?」

 

「かもね。でもさ、今は、若い子が席を譲ろうとしても、遠慮する年寄りもいるらしいよ、感じ方はそれぞれだよ。席譲られて、ありがたいと思うお年寄りもいるだろうしね」

 

私は、べつに年寄り扱いしたつもりは毛頭ない、もちろん思いやりからでもない。

 

私たちの若い時代は、職場も年功序列で徹底して目上の人を敬うことを教えられた。そのせいか、自分より年上の人が目の前で立っているのに、自分がのうのうと座っていると居心地悪いんだよね。しかもあの時、ご婦人は私の椅子に手をかけていたし・・・・・えー?

 

バスで席を譲るというさりげない行為は単純に目上の人を敬う行為とは受け取られないんだね。

 

Sさんは一連の話に目処をつけるかの如くこう言った。

 

「今のお年寄りは元気な人が多いしバスの中で多少立っていただいてもいいんじゃないの?老化は足から来るからね。日々鍛錬だよ、もちろん弱っている人には、譲ってあげるべきだけどね」

 

彼女の意見に私も賛成だ。私も彼女も、正解がないことを知っている。

 

ここで彼女の言ったお年寄りとは、微妙な年齢の元気な70才前後の方を指す。そして、席を譲るのが私達のようなお年寄り一歩手前の場合だ。若い人なら、どんどん席を譲って欲しいと思う。


彼女はホントは内に優しさをいっぱい秘めている人だけど、時々物事をスッパっとドライに考える。

 

このアンバランス感が私は好きだニコ

 

バスで席を譲るというありふれた話に二人だけの決着が着いた頃、

 

店員さんが注文したお嬢さま御膳(定食名)を運んできた。

 

「美味しソーラブ

 

どちらからともなく声が漏れた。

 

いくつになっても、女はお嬢さまという言葉に弱いもんだ。